2010年02月19日
寒天製造の名残り
農地里山の景観

これは、宮之川原元町に残る天場です。煙り抜きの大きさが釜の大きさを物語っています。


これも宮之川原元町に残る天場跡です。改装され倉庫として使用されています。寒天の船が軒下に積み重ねてあります。

自宅(西之川原)で保管されているもう1軒の釜

西之川原橋詰にあった天場跡、昨秋取り壊され、私が依頼したので釜1個だけ資料として残してくれました。
杓、釜の中のテングサをかき混ぜる道具類、テングサを入れる「しんどかご」ゴザなども残してくれました。
史料館でもできれば保管したいと思っています。
撮 影 日 2009年11月
撮影 場所 宮之川原元町(地図)
西之川原1丁目(地図)
投 稿 者 古藤幸雄
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Posted by 高槻市
at 08:08
│Comments(1)
この記事へのコメント
投稿者:こうじかび
懐かしいです。私が高槻に住んでいた1970年代は冬になると「かじか荘」(下の口)へと向かう道路わきで寒天を作る作業を見ました。今も作っているのでしょうか?
2010年02月26日 12:28
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