2010年12月20日
師走の小春日和の津の江公園
河川・水辺の景観

津之江公園は、芥川と女瀬川の合流点の三角州に自然再生計画とのことで、小さいながら自然の公園が出来ています。


師走の小春日和には、多くの方がウォーキングを楽しみ、子供達は枯れ草の上で滑り遊びを楽しみ、ビオトープでは多くの小鳥が遊んでいます。
撮 影 日 2010年12月5日
撮 影 場 所 津之江町2丁目(地図)
投 稿 者 大岡成一(VG槻輪)
↓ランキングに参加してます☆是非一日ワンクリックお願いします♪m(__)m

Posted by 高槻市
at 09:00
│Comments(1)
この記事へのトラックバック
草ぼうぼうです。
「夏草や兵どもの夢のあと」という有名な句がありますが、まさにそんな感じがしました。芥川の本流には何がつれるのか知りません...
津之江公園の今日【高槻ライオンズクラブ物語2010】at 2010年12月21日 17:17
この写真は、津の江公園の北側から南をむいて撮った写真です。川の真ん中に、真新しい中洲が出来ています。
芥川は
かって何度も決壊しているのをご存知でしょうか。昭和30年代に...
芥川は
かって何度も決壊しているのをご存知でしょうか。昭和30年代に...
津之江公園【高槻ライオンズクラブ物語2010】at 2010年12月21日 17:25
この記事へのコメント
投稿者:SHU
芥川はかって何度も決壊しているのをご存知でしょうか。昭和30年代に二十のところで右岸芝生側が決壊しています。このときは自衛隊まで出て防戦したそうです。当時、淀川堤防の修復のために今の南平台フキンから土砂を積んでトロッコ列車で淀川まで運んでいたそうです。ところがそのトロッコ列車の軌道に堤防を使っていたのですが、その軌道が少し対岸より低かったために決壊したという話です。ですのでその後はトロッコを使わずトラックで運んだそうです。次は昭和42年の秋(昭和41年かもしれませんが)の如是小学校の校門前の北側の如是川が決壊しています。このときに当時の若手職員であった山田さん(元市民体育課長)が災害復旧にジープで出かけて土砂に突っ込んで横転した話を聞いたことがあります。津の江の三角公園はそんな経緯で三角公園を囲んでいた堤防をはずし、遊水地になったのです。昨今のゲリラ豪雨に対しても大変有効な手段になっています。現在自然公園化=立入禁止措置がとられています。本来ビオトープの考え方の背景には、自然放置=人為的な手を加えない=崇高な自然 というかんがえかたが背景があると思います。いわゆる池にちかずく人影はありませんでした。
2010年12月21日 17:28
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。