高槻のええとこブログ
高槻市役所都市政策室と「高槻大好き市民」が運営するブログです。たくさんの人の手で、高槻のええとこを紹介しあって、「高槻のええとこ」の「百科事典」をつくっています。
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2007年10月08日
古曽部の彼岸花
農地里山の景観
住宅街のなかに、田んぼが少しだけ残っており、そこに、たくさんの
彼岸花
が咲いてるのをはじめてみました。
彼岸花後ろの石垣のところは市バス寺谷線になります。
たまたま稲刈りをされてるところへお邪魔することになりましたが、このあたりでは貴重な風景となりました。
撮 影 日 2007.10.5
撮影場所 古曽部町3丁目(
地図
)
投 稿 者
magamik
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タグ :
古曽部
農地
花・植物
Posted by 高槻市 at 08:10 │
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http://takatsuki.osakazine.net/t65124
この記事へのコメント
投稿者:
上ひら
先日、このブログで「彼岸花」を紹介いただいてから、街をあるいていても、やたら、「彼岸花」が目につくようになりました。(というか、探すようになりました)
彼岸花は、「花と葉っぱを同時に見ることはできない」花で、 花が咲いたあとで、葉っぱがついて、また、夏になると、葉っぱは消える。
だから、葉のあるときには花はなく、 花のときには葉がないので、「ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)」という別名もあるようです。(magamikさんのブログのコメントで知りました!)
そして、そんな彼岸花の特性から、韓国では彼岸花のことを、「サンチョ(相思華)」と呼ぶそうです。「花は葉を思い、葉は花を思う」という思いからつけられた名前らしいです。
日本の「悲しい思い出」という花言葉とは、まったく正反対ですが、彼岸花の花言葉として、「悲しい思い出」のほか、「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」も花言葉だそうです!
同じ花を見ていても、見方や捉え方、そんで、その日の気分なんかで、いろんな感情や感覚が生起するのですね。彼岸花ってなんか不思議な花なんですね。
(参考)
http://www.huhihihi.com/plants/higanbana/
2007年10月09日 08:38
投稿者:
ちび
私も、子供の頃から彼岸花が好きでした。でも、それを大人に言うと「えっ、縁起悪い!」と言われて「?なんで?」となっていた覚えがあります。
それと、『彼岸花=狐が出てくる』ってイメージがあります。昔読んだ絵本か何かの記憶だと思うのですが・・・んーさっぱり覚えてません。
2007年10月09日 18:14
投稿者:
ふじい
古曽部の田んぼは、すぐ側に住宅が並んで、住宅に埋もれるように存在しているのが、高槻の北部や南部の田園風景と大きく違います。
ここは、住宅開発が進んでいますが、能因法師塚、花の井など、昔を偲ぶ物がまだ残っています。
観光ルートとしても紹介されています。
「伊勢寺・能因塚コース」
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/rekishi/sanpo_isezi.html
2007年10月10日 18:35
投稿者:
カオル
彼岸花には曼珠沙華や幽霊花などちょっと寂しい名前でよばれているそうです。
写真では分かれて写っていますが黄金色に染まる田んぼと彼岸花の赤い色が心に残りますね。そして広がる青い秋空がとても素敵です。
この花の名前を考えた昔の方はどういった思いでこの花をみていたのか・・・ふとそんなことを思いました。
2007年10月13日 10:31
投稿者:
よーちゃん
このあたりは 私もお気に入りの場所です 気になるのが 少しずつ田んぼが住宅に変わっていくことです。仕方ないことですがちょっと残念です
2008年03月17日 11:35
投稿者:
上ひら
古曽部界隈は、能因法師ゆかりの「能因塚」、「花の井」、「文塚」などもありますよね。そして、そのような史跡の周りの田んぼはほんと貴重だとわたしも思います。
また、古曽部は、昔、景観的にも優れていて、詩人の小野十三郎は、
「(古曽部は)、大原三千院や落柿舎あたりには負けぬ、古曽部は日本史の中で堂々たる隠棲の佳境でもある」
といっていたそうです。
http://takatsuki.osakazine.net/e30634.html
また、能因法師も、
「我が宿の梢の夏になるときは生駒の山ぞみえずなりぬる」と歌っていて、古曽部から、淀川のむこうに生駒の山が綺麗に見えたことも歌っています。
いまは、マンションやビルが建って、生駒の山が見えることはないかもしれませんが、高台にちょっと上れば、そんな能因が眺めた風景と時間を隔てて「シンパシー」できるかもしれませんね!!
http://www51.tok2.com/home/ncnycy/geohome75-69-1.html
2008年03月17日 16:26
投稿者:
ふじい
高槻市では、昭和40年以降の人口急増期の住宅開発で、多くの農地が住宅地に変わり、現在では、市街地における農地の割合は、約4.5%となっています。
これらの農地は、市街地の数少ない緑の空間として、貴重な存在となっています。
現在は、農業人口が減少に伴い、ますます農地が減少しているそうです。
要因は色々ありますが、農家の高齢化もその一つで、高槻市における60歳以上の農家の割合は、約64%にあたるそうです。(平成12年)
また、食文化の変化や自給率の低下など、複雑に絡み合っています。
子どもの頃は、稲刈り後の田んぼで、よく遊びました。
身近に存在していた田んぼが、無くなっていくのは、寂しいですね。
2008年03月17日 18:05
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彼岸花は、「花と葉っぱを同時に見ることはできない」花で、 花が咲いたあとで、葉っぱがついて、また、夏になると、葉っぱは消える。
だから、葉のあるときには花はなく、 花のときには葉がないので、「ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)」という別名もあるようです。(magamikさんのブログのコメントで知りました!)
そして、そんな彼岸花の特性から、韓国では彼岸花のことを、「サンチョ(相思華)」と呼ぶそうです。「花は葉を思い、葉は花を思う」という思いからつけられた名前らしいです。
日本の「悲しい思い出」という花言葉とは、まったく正反対ですが、彼岸花の花言葉として、「悲しい思い出」のほか、「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」も花言葉だそうです!
同じ花を見ていても、見方や捉え方、そんで、その日の気分なんかで、いろんな感情や感覚が生起するのですね。彼岸花ってなんか不思議な花なんですね。
(参考)
http://www.huhihihi.com/plants/higanbana/
それと、『彼岸花=狐が出てくる』ってイメージがあります。昔読んだ絵本か何かの記憶だと思うのですが・・・んーさっぱり覚えてません。
ここは、住宅開発が進んでいますが、能因法師塚、花の井など、昔を偲ぶ物がまだ残っています。
観光ルートとしても紹介されています。
「伊勢寺・能因塚コース」
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/rekishi/sanpo_isezi.html
写真では分かれて写っていますが黄金色に染まる田んぼと彼岸花の赤い色が心に残りますね。そして広がる青い秋空がとても素敵です。
この花の名前を考えた昔の方はどういった思いでこの花をみていたのか・・・ふとそんなことを思いました。
また、古曽部は、昔、景観的にも優れていて、詩人の小野十三郎は、
「(古曽部は)、大原三千院や落柿舎あたりには負けぬ、古曽部は日本史の中で堂々たる隠棲の佳境でもある」
といっていたそうです。
http://takatsuki.osakazine.net/e30634.html
また、能因法師も、
「我が宿の梢の夏になるときは生駒の山ぞみえずなりぬる」と歌っていて、古曽部から、淀川のむこうに生駒の山が綺麗に見えたことも歌っています。
いまは、マンションやビルが建って、生駒の山が見えることはないかもしれませんが、高台にちょっと上れば、そんな能因が眺めた風景と時間を隔てて「シンパシー」できるかもしれませんね!!
http://www51.tok2.com/home/ncnycy/geohome75-69-1.html
これらの農地は、市街地の数少ない緑の空間として、貴重な存在となっています。
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身近に存在していた田んぼが、無くなっていくのは、寂しいですね。