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2007年10月11日

目立ちますね

街路の景観



欧州では、街中の通りから教会などその街のシンボルが見通せるようになっていますよね。

ここ富田町からはフジテックのタワーが見通せます。赤白の縞模様は航空法(?)などで決められているのでしょうか。目立つことを利用して何か出来ないですかね。

撮 影 日 2007年3月17日
撮影場所 富田町6丁目(地図)
投 稿 者 高麗敏行

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Posted by 高槻市  at 09:24 │Comments(9)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
投稿者:あゆみ
フジテックのタワーはとても高くて、いつも見上げているイメージがあったので、この写真のアングルには驚きました!
同じフジテックのタワーでも見る場所によってこんなにも違った風に見える場所があるんですね。
2007年10月11日 10:01
投稿者:ふじい
両サイドに規則正しく並んでいる電柱と住宅。上空には、電線が走っており、ごちゃごちゃした景観中心に、紅白のタワーがそびえています。

このフジッテックのタワーは、煙突のように見えますが、実はエレベーター研究塔ですよね。
色合いに、レトロ感があって、ほのぼのとした感もあります。

このような高い建物は、東京タワーや通天閣などのように、地域のシンボル的な存在となります。高麗さんがおっしゃるように、何か利用できそうな、要素をもっていますね。
2007年10月11日 13:42
投稿者:マツサカ
この赤白の色分けは、航行する航空機に対して障害となる高層物件の存在を認識させ、衝突を回避させるために義務付けられていることによるもので、「昼間障害標識」というものだそうです。

工場や発電所の煙突・鉄塔など細長いもの、骨組構造のものなど、航空機から視認の困難なものに設置することになっています。

航空法施行規則の改正後は、中光度白色航空障害灯を設置すれば昼間障害標識を設置しなくてもよくなり、構築物の彩色も自由になって景観にも配慮できるし、コストも低減するそうです。
2007年10月11日 13:48
投稿者:ちび
本当に、面白いアングルですね。
道の真ん中(しかもフツーの住宅街!)から、生えてきたみたいです!
2007年10月11日 19:40
投稿者:ふじい
確かに、何度みても面白いです!

遠近法で、家や電柱と同じ高さになっていて、すぐ近くに生えているようにも見えます。

この周辺やこの道の景観に溶け込んで、周辺の人と一緒に生活しているみたいですね。
2007年10月12日 09:56
投稿者:上ひら
大きなフジテックの煙突が、周りの家と高さがそろっているようにみえて、ほんとおもしろいですね。(あと、左に見える梅が春っぽくていいですね)

そして、この通りは、普門寺や三輪神社前をとおる、旧街道です。

そんな、古い街道の彼方に見える「シンボル」としては、このフジテックの塔は、やっぱアンバランスなような???

あと、すでに、このフジテックはすでに本社が滋賀にうつり、同時に滋賀に開発・生産拠点も移ってしまったようなので、もうすぐこの光景もなくなるかもしれませんね。

でも、そうなると、長年親しんだ人には、なんかさびしいような。。。

僕も小学生の時、近所の風呂屋の大きな煙突がつぶされたとき、さびしく思ったことがありました。
2007年10月12日 10:26
投稿者:うだ
この道を毎日歩いている人達にとっては極当たり前で普段は意識もしていないかもしれないけれど、
こうして写真にして見てみるととてもいい眺めですよね。
まさにタワーへと続く道!!

上ひらさんがおっしゃるようにもしもなくなってしまったらとても寂しいと感じる・・・
それほど存在感があrますよね。
2007年10月14日 14:26
投稿者:上ひら
このフジテックのタワー、取り壊されるようです。

「とっつあんの雑記帳」に産経新聞に掲載されていた旨の情報が!↓
http://blog.goo.ne.jp/tottuan310920/e/ee77f28a18c406320da4d0351d16732e

やっぱし「悲しい」という感情がわきあがるのでしょうか?それとも、すっきりした!という感情なのでしょうか?

私の場合、小さい頃によく遊んでもらったおっちゃんの風呂屋の煙突がなくなってしまった時は、むしょうに悲しかったことを覚えています。
2008年09月26日 14:05
投稿者:せいろう
今朝の新聞記事で取り壊しが始まったのを知り驚きました。

富士山も裾野では全体像は見れません。その論でいけば、エレベータ研究塔も茨木というよりも高槻の景観として馴染んでいたのではないでしょうか。残念ですね。

私は2005年に発行された「茨木・高槻今昔写真帖」を持っていますが、50年ほど経って、また今昔写真帖を発行する際には、高麗さんのこの写真が載るのではないでしょうか。

高槻のええとこを紹介してるこのブログは、貴重な歴史的証人であることに気付きました。
2008年09月26日 16:12

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