2007年01月24日
筑紫津神社
寺社の景観
「筑紫津」の「津」は、船が停泊する所、「渡船場」、「港」のことで、昔はこのあたりに港があったことを示す地名です。淀川は何度も流れを変えているのですね。(津之江の「津」も港の意)
昔、「素盞嗚尊」が筑紫(福岡県)より御幸の際に、旅程の安全を祈るため、道祖神を祀ったところです。
本堂の横には、市の保護樹木の「クロガネモチ」があります。
また、池に囲まれた弁財天は、水の神様がこの地を往来する人々を守ってきたことを偲ばせます。
撮 影 日 平成19年1月15日
撮影場所 津之江町1丁目(地図)
投 稿 者 文化財スタッフの会 散策部会
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高槻の地名の由来を見ていくのも興味深いかもしれません。
とおもって、高槻の地名の由来が分かるサイトを探してみましたが、まだ工事中で数はすくないものしか見つかりませんでした。
【高槻地名辞典】
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/7026/timei/index.htm
神社は高槻の景観の大きな要素となっていると思います。
高槻の古い集落をみてみると、世帯数は概ね100軒がひとつの集落を形成していて、そこに、寺が一つ、神社が一つあったそうです。
住んでいるひとは、それぞれがその門徒であり氏子。(三箇牧や唐崎などの大きいムラでも150軒程度で、寺が二つあることが一般的)
そして今、そういったお寺や神社が、まちの「緑の要素」となっていると同時に、祭りなどの伝統行事などが、昔の風習などを現在に伝えていたり、まちの人たちのつながりをつくっていたりしている。
一つ一つのお寺や神社に、その地域のDNAが記憶されていると思います。
赤い太鼓橋(と言うのかな?)が良いですね。たぶん、池にも映るのでしょう。
それにしても、手前のフェンスが邪魔です。
安全と防犯を兼ねているのはわかりますが。
この神社は、高槻市の観光サイト、おすすめ観光コースに入っていますよ。
「幼き日の思い出コース」
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/new/syoko/html/travel0021.html
淀川が何度も流れを変えているように、芥川も何度も流れを変えているようです。
高槻市西之川原は、現在、芥川の東側にあります。昔は芥川はもっと東側を流れていたのではないでしょうか。