2009年11月17日
再開発開始直前の郵便局周辺
市街地の景観

↑郵便局の東側風景
郵便局(写真の右建物)の奥にセンター街があり、その先には、今はない"ニチイ"の看板が見えます。確か、センター街に初めてのショッピングビルが出来て、買い物に便利になったと喜んでいたことを思い出します。

↑郵便局の南側風景
郵便局(右の建物)の道路で今と違って、本当の生活道路でした。

↑郵便局の西側風景
国鉄へ行き来する道路で、にぎわっていました。通学とかの国鉄を使用する場合に利用した道路です。
写真の左側の塀で囲われたところには、警察署そして奥には市役所があったと記憶しています。再開発で移動した後です。
撮 影 日 昭和51年8月1日
撮影 場所 紺屋町(地図)
投 稿 者 カメラを持ったムカシトンボ
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ニチイは買い物にいきました。
東側の道路、なんか、今よりすっきり感じます。
それにしても、ムカシトンボさんは当時としては珍しく町の様子を写してらしたんですね。
また、昭和の高槻を期待しております!
自分の生まれた年の大好きな高槻の街がどんな姿だったかが自宅のPCで見られるなんて
まるでドラえもんのタイムマシンですね。
じ~んと幸せな気分になりました。
ムカシトンボさん、またよろしくお願いします。
思い出せば、JNRのガードを通り抜けて上に上がった正面が自転車一時預かり所、その左の横道を南に下がると映画館「壽座」、映画館の東が市役所、向いの広場は消防署、その南に郵便局、郵便局の西側に警察署がありました。
ニチイができたとき、市役所などは移転を始めており、消防署前の広場はニチイに買い物に行く人のための無料駐車場、舗装も無く,雨上がりはどろんこの水たまりがいっぱいでき、車の横を通るのは用心しましたね。
市役所と警察署は、38年に名神が開通するまでは、高槻北部から見える最も高い建物、3階建てでしたが、、、
役所の東側には、塚本の奈良漬屋などがありました。警察の南は今堀さんの公認会計士事務所、映画館の西の細い通りには、田辺屋、牛長があり、良く買いに行きました。
壽座は東映、松竹の専属映画館で、20年代、30年代の学生時代に
毎週観にいっていました。
本当になつかしく、写真を観ていると,あの当時の景色が網膜に蘇ります。