2008年07月20日
樫田のええとこを訪ねて① 樫田地区の概要
農地里山の景観
明智光秀の時代に、亀山と畿内を通信する狼煙を上げたという城山
6月22日、ええとこブログ取材班は樫田地区を訪ねました。
雨の降ったりやんだりする生憎の天気でしたが、文化財スタッフの方をはじめ、樫田の方々からたくさんのお話を伺うことができました。
樫田は、昔の国名で言えば、高槻市の大半が含まれる「摂津国」ではなく「丹波国」に含まれます。
中世には皇室関係の荘園であり、江戸時代には亀山藩に属するなど、高槻市の他の地域とは違った歴史を歩んできました。
樫田の昔ながらの民家(丹波様式)
住宅の造りも、「丹波様式」といって、高槻の南の方の民家とは違うそうです。南の方の民家は田の字型の間取りですが、樫田の民家は冬の厳しい生活に備えて特に台所を広く取っているそうです(高槻市教育委員会『高槻の民家と町並』による)。
明治22年に田能村・中畑村・出灰村・杉生村が合併して京都府南桑田郡樫田村になりましたが、昭和26年・28年の大豪雨をきっかけに、主に経済的な理由から、昭和33年に高槻市に越境合併して今日に至っています。
これから、「樫田のええとこ」をご紹介します。
撮 影 日 2008年6月22日
撮影 場所 樫田(地図)
投 稿 者 いわけん+ええとこブログ樫田取材チーム
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丹波の国「樫田」の紹介。期待しています。